有形文化財の継承

とある物件の売却依頼を受けました。その物件は、金沢の古き良き趣の残る街並みに、どっしりと構える日本家屋でした。所有者が亡くなり、遠方に住むお子様たちが相続し、年に数回手入れを続けていました。ご近所に迷惑をかけたくないという思いから手入れを続けていましたが、建物のボリュームも大きく、立派な庭木もあり、維持管理は容易ではなかった事から家族会議の結果、手放すことを検討し始めたとの事でした。

物件をお預かりすることになり、いざ物件を調査したところ、大きな日本家屋である事に加え、国登録の有形文化財であるという事を知りました。この登録制度は近代等の文化財建造物を後世に幅広く継承していくために作られたもので、造形の規範となっているものや、再現することが容易でないものが対象になります。売却には多少の時間がかかるのではないかと思いました。

売却活動をスタートさせたところ、予想以上の反響がありました。非常に多くの方から内見希望のご連絡をいただき、県外から見に来られる方も少なくはありませんでした。建築に使用された材料、建築に関わった大工の技量、室内から直接出入りができる大きな蔵など、全てにおいて質の高いこの物件を是非購入したいと多くの方が前向きに検討してくださいました。ただやはり、質が高いからこそ、購入にいたるまでのハードルは高いものでした。登録された建造物は改修・修繕は可能であるものの、それによって文化財の価値が損なわれたと文化庁が判断した場合、登録から抹消されてしまう事。修理や修繕を行う際には図面を描き、図面通りに設計が進んでいるかチェックをする人が必要になりますが、設計管理が出来るのは特定の技術者、建築士に限るため、維持管理の負担は軽いものではない事。店舗として検討される方もいましたが、大通りから奥に入った住宅街に位置するため、この建物の魅力を最大限に活用できない事。民泊は用途制限があり断念せざるを得ない事など、なかなか成約には至りませんでした。近隣の方にご迷惑をおかけしたくないのでなるべく早く売却したいという売主様の思いも尊重し、建物を解体し、土地分割案も一度は検討してみました。しかし前面道路は狭く、分割したとしても大きな2区画での売却になるため、購入を検討する可能者は限定されてしまいます。そして何より、何度も現地へ足を運ぶうちに、この物件がとても大切に使われてきたことが伝わり、やはり多少時間がかかったとしてもこの価値を大切にしてくださる方に購入していただきたい、そして大切に受け継いでいって欲しいという思いが強くなりました。

お問合せや内見予約は変わらず続き、しばらく経った頃にあるお客様と出会いました。時間をかけて内見し、詳しく調査が必要な事柄について、多くの質問をいただきました。築100年を超える日本家屋ですから、遡って調査が必要な事も多く、加えて登録有形文化財をお預かりするのは初めてでしたので、調査には時間を要しました。お客様が真剣に検討してくださっている気持ちにお応えするべく、誠心誠意対応しました。何度もやり取りを重ね、充分ご納得いただいた上で、購入する旨の回答をいただきました。

ようやくお客様に良い報告が出来、無事引渡しの日を迎えた時は売主様・買主様ともに大変喜んでいただきました。物件を深く理解し、お客様と何度も会話を重ねてご要望をきちんと伺った事で、着地点が明確になったからこそ良い結果を迎えられたのではないかと思います。非常に価値ある物件を私に預けてくださったこと、そして大切にしてくださる方にお渡しできたこと、貴重な経験をさせていただいたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

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