いかにお客様の
“声なき声”まで
引き出せるか

金融機関から、とある温泉旅館の売却の依頼がありました。当時世界的に流行していた新型コロナウイルス感染拡大の影響を多分に受け、売却せざるを得ない状況でした。非常事態でなければ同業種からの購入希望が見込めるはずですが、旅行業界全体が大きな影響を受けていた時期でしたので、難しい案件になるだろうと思いました。

早速現地調査を開始しましたが、敷地が広大な上に客室数も多い大きな物件のため、調査には相当の時間を要しました。当初は現地確認の対応をしてくださっていた方も、閉館後しばらくして現地を離れることになり、現況を把握している方がいなくなってしまった事で、調査はますます困難なものになりました。広大な敷地は一部山林も含むため、境界が不明瞭な箇所も複数あり、地図と図面との照合は簡単ではありませんでした。また、建物は長い歴史の中で増築を繰り返していましたし、特殊な設備も多かったため、メンテナンス状況も一つずつ調査する必要がありました。購入する側にとって、設備が使用可能であるかどうかは、重大なポイントになります。設備ごとに専門の業者に立ち会っていただき、物件の現状を把握するために何度も足を運びました。

同時に売却活動も行いました。県内のみならず県外の同業種の業者様や、目線を変えて老健施設などへの転用も提案しましたが、物件のボリュームが大きく設備が特殊であるゆえに紹介先が限られ、加えて世界的なウイルス感染拡大によって、不動産売買に対する世の中の熱意も下がっていたことで、売主様には良い報告が出来ない日が続きました。

そんな中で、ようやく前向きに検討してくださる方に出会いました。ところが購入に向けてお話を進めていく段階で、表面的にはわからない不備が出てきました。不備の解消のために、当初提示していただいた購入金額を変更したいという要望がありました。それは売主様の希望額を下回るものです。多少の時間を要しても希望額で売却したいと思っていましたが、売主様と何度も面談を重ねる中で、最も求めている事は可能な限り早く売却する事だと感じました。とは言え、売主様の費用負担軽減のための交渉も必要だと感じ、買主様との交渉には力を尽くしました。境界不明瞭な箇所や把握しきれない箇所がある旨を承知の上でご契約いただくこと、引き渡し後の不備に関しては売主様に改善義務がないことも了承していただけるよう交渉しました。もちろん、そのために充分な調査をし、現状をしっかり把握したうえで現況を漏れなくお伝えもしました。交渉はスムーズではありませんでしたが、時間をかけて譲歩ラインを見つけ、最終的にはこちらの要望を受け入れてくださいました。

そしてご相談を受けてから約1年3か月後、ようやく引き渡しの日を迎えました。問題解決のために何度も足を運び、その都度多くの方に出会い、ご協力をいただきました。また、日常が日常でなくなった中での売買は、今までの経験値が通用しない場面もあり、非常に難しいものでしたが、売主様の安堵したお顔を見ることができ、私も今までに味わったことのない達成感がありました。無事引き渡しを終えた後、売主様からいただいた「ありがとう」という言葉はとてもシンプルなものですが、今までとは種類の違う、とても重みのあるものだったと思います。

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